神話から史実へ・・・大川常吉鶴見警察署長

関東大震災時・朝鮮人と中国人を虐殺から守った人

昨日(7月30日)、ヨコハマハギハッキョ実行委員会主催で、関東大震災の際、朝鮮人・中国人を虐殺から守った、大川常吉鶴見警察署長の学習会がありました。ハギハッキョのリーダー役の中高生や、親子連れ、朝鮮学校の生徒ら、二十数名が参加しました。毎日新聞の網谷利一郎記者も同行したので、今日の毎日新聞神奈川版に載ってます。
http://mainichi.jp/area/kanagawa/news/20110731ddlk14040164000c.html

東漸寺の顕彰碑

まず、鶴見区潮田にある東漸寺へ。ここは大川家の墓所のあるお寺ですが、本堂の前に顕彰碑が建っています。これは、大川氏に救われた朝鮮人労働者のリーダーたちが、震災から30年たった1953年3月に、建立したもの。碑文には、こう書かれています。
「故大川常吉氏之碑」
関東大震災当時流言飛語により激昂した一部暴民が鶴見に住む朝鮮人を虐殺しようとする危機に際し当時鶴見警察署長故大川常吉氏は死を賭して其の非を強く戒め三百余名の生命を救護した事は誠に美徳である故私達は茲に故人の冥福を祈り其の美徳を永久に讃揚する
一九五三年三月二十一日 在日朝鮮統一民主戦線 鶴見委員会

大川家に保管されている感謝状

会場を近くの潮田小学校に移して学習会。大川常吉氏のお孫さんの豊氏も来てくださり、大川家に大切に保管されている「感謝状」を見せてくれました。その存在と内容については知っていましたが、現物を見るのは私を含めて参加者全員初めて。「感謝状」には、朝鮮語(漢字ハングル交じり)で次のような内容が書かれています。
「感謝状 鶴見警察署長 警部 大川常吉殿」
大正十二年九月一日、関東地方を大地震が襲った時、私たち朝鮮人に対して多くの市民が危険なことをすると誤解して、危ない状態になりました。このとき大川鶴見警察署長は、堂々と、命がけで、鶴見潮田に住んでいた三百余人の朝鮮人の命を救いました。私たちが今日、安心して暮らせるのも、すべて大川署長のおかげです。ここにお礼の印として記念品を贈り、感謝の気持ちを表します。
大正十三年二月十五日 鶴見潮田両町在住鮮人一同代表者(八名連記)

なぜ救うことができたのか?

1923年9月1日正午近くに起きた大地震から、2日・3日・4日と時間を追って、刻々と変化する鶴見警察署をとりまく状況を、講師の後藤周さんから学習しました。「言い伝え」ではなく、当時の資料をちきんと調べることによって明らかになってきたのは、水戸黄門が印籠を見せて暴徒がハハーッとひれ伏すような、簡単な状況ではなく、大川署長と、取り巻く自警団のリーダーや、町の有力者の人たちや、警察組織など、いろいろな人たちの人間ドラマがあり、大川署長もあらゆる方策を駆使して、ギリギリのところで守り抜くことができたという、リアルな状況でした。「一升瓶の水を飲み干した」という伝説があります。朝鮮人が井戸に毒を入れたという主張する人々に、それならその水を持って来いと言って持って来させ、一升瓶に入った水を一気に飲み干して見せて一喝し、それを見て自警団の人たちも引き下がったというのです。しかし、事実は、そんなパフォーマンスで片づくような簡単なものではなかったのです。これでは、大川署長の本当の功績を軽んじることにもなりかねません。当時、鶴見町の有力者・町議会議員だった人の日記が残されていて、その時の大川署長とまちの人々とのやりとりが克明に記録されています。そこには「彼らはただ食べるために働きに来ている人たちで、反乱を起こすなどということはまったく根拠のない噂です」と、きっぱりとデマを否定し、朝鮮人の鶴見からの追放を主張する議会を説得したことが書かれています。大川家では、「自分は警察官として当然のことをしたまでだ」と言っていたと言い伝えられているそうです。しかし、警察官と言ってもいろいろな人がいるだろうし、当時の状況から考えて常吉氏が信念を持ってそう行動できたのはなぜだろうという質問に対して、孫の豊氏は「(祖父は)署長室に座っているようなタイプの署長ではなく、折あれば管轄を巡回しているような人だったらしく、そのため管轄内の朝鮮人労働者のリーダー格の人たちのことをよく知っていたようだ」と話してくれました。

感謝状と顕彰碑の持つ意味

実は、地元鶴見でも、この話はずっと言い伝えられてきたものではありません。むしろ、地元の日本人社会では忘れられていた話です。だとすると、事件後、半年たって送られた感謝状と、30年たって建てられた顕彰碑が意味するものを、私たちは考えなければならないと思います。もちろん、助けられた人が、助けてくれた人に感謝するのは当然です。しかし、そもそも「助けなければならない事態」が起きた事実、それ自体が忘れ去られたり、隠されたり、あるいは歪曲されたりしたら・・・・・。この感謝状と顕彰碑に書かれた文面を、もう一度よくかみしめる必要がありそうです。